スタンフォード監獄実験

のテレビ番組を見た。

NHK教育の、月一であってる、吉川晃司がナレーションしてる、「フランケンシュタインの誘惑」という番組。
科学の暴走や くらい側面の歴史を伝える番組。

オカルトっぽいナレーションが、ちょっと良くない(吉川晃司の声はいいので、ぜひ、淡々と読んでほしい、おどろおどろしくしないでほしい)と思うが、(演出っぽくなるので)内容はすごくいいと思う。



ごくごく普通の、健康な大学生を、無作為に囚人役と看守役に分けると、

ほんの数日で看守役が暴走、囚人役に精神的虐待を加えていったという実験結果となる。

「人間の行動は(性格や気質ではなく)状況によってきまる」ということを証明したかったらしい

実験を思いついたのはスラムで生まれ育った学者

スラムで育つうちに、普通の人たちが凶暴、反社会的になっていくというのを見てきたと


そしてこの(のちの学者)は勉強の力でスラムを脱出



これを見て私が思ったこと・


危ない状況には近づくな・あるいは「逃げろ」


嫁姑バトルも、まずは無抵抗で従順な嫁が さんざんにやられ、


そののち姑が弱ってきたら今度は立場が逆転

弱いほう(姑)がやられることに



「だれかがきちんと止めるまで」



これは、だれがとかどういう性格の人が・じゃなく「状況の力」

権力があり強い立場にあれば、無抵抗で服従する立場の人をいじめていくのが人間に備わった心理

なのでしょう

あるいは被験者は、研究者の意図を過剰に読みそれに従っただけ?

学年やクラスに独特の雰囲気、校風や社風と言ったカラーがあるのはなぜ?

いじめ、障害者や高齢者、子供への虐待が後を絶たないのはなぜ?

大きくなれば戦争もこの「状況の力」に流されていく過程なのでは?



いろいろ考えられるテーマでした。






これを「抜け出す」ことが最も大事と思う。

いじめを「しないものだ」という(その教師自体ももちろん人をいじめない)教師のクラスではいじめがおこらないことが多いのも納得。


嫁姑関係は  やられず、「逃げよ!」ですよ。


やられてる人!

逃げてね!