思い出した、、、

昨日の日記、「普通の子と遊ばせる努力」を読み返してて思い出した。

もう4年位前になるけど、
私にも同様のことがあったんだ。

1号はまだ アメリカから帰国したての幼稚園児で、
自閉性の障害との診断も受けていないころだった。

二号も生まれ、日本の環境にもなれていなく、幼稚園でもうまく行っていなく、
1号にとってはかなり厳しい日々だった、と今では思う。

そのころ、放課後に、近所の女の子が、
毎日、うちにきたい といっては来ていた。

でも、うちにはいると、そのこは1号に、「あっちへ行ってて!」といい、
赤ちゃんの世話をしてるときも、
「赤ちゃんが泣いてうるさい、あっちの部屋に置いてて」
といっていた。

おやつを作るのとかは、喜んで手伝ってくれて、「オニイチャンの分も」、といって
もってかえっていたっけ。
ちょうど今の二号と同じような、ちゃっかりした普通の女の子だった。

ようは、私(おとな)と話をしたいか、一緒におやつを作るのが楽しかったか、
うちのベッドで飛び跳ねたかったんだと思う。


その後、診断のための病院めぐりやら、
療育を始めたり、就学相談やら何やらで、時間が合わなくなったり、

そのこがうちに来るのを 1号が非常に怖がり出したのがわかったので、

毎日、「今日、来ていい?」といわれても
そのたび、「ごめんね、用事があって」と断ることになってしまったんだけど、、、。
親御さんには、忙しくなったことと、うちの子が、発達が違いすぎて 遊ぶことが難しいからごめんなさい、と説明した。



障害のある子は障害がある同士遊ぶべき、とか、
普通の子と遊ばせない、と言うつもりはない。


ほんとうに、少ないけど、1号自身をすいてくれてる子もいるし、
対等な付き合いじゃないけど お互い 会うのを楽しみにしてる関係もある。
うんと年下の子と 楽しそうにしてることもある。

でも、無理してまで、普通の子と触れ合わせなきゃ、それが1号にいいのだから、
とはぜんぜん思っていない。

無理して、背伸びして、ばかにされるのがわかってて、
多く触れ合うことが、いいとはわたしには思えない。


それは自分自身、アメリカで みじめなくらい味わったし、、、。

アメリカでは、よくいろんな集まりに誘ってもらったと思う。
だんなの付き合い関係、子供の付き合い関係、私自身に声をかけてくれる人、
などなど。

でも、行くのにもえらく勇気や気構えが要ったし、
だいたいの話題がぼんやりとはわかっても、
やっぱりうまくは話せない。
気を使ってもらってるのが余計につらい。

経済状況もえらく違って、みんなの遊びに対等にはついていけない。


中には人種差別っぽい振る舞いをする人もいたけど、
ほとんどが、本当に親切で、いい人たちだって、わかってるのに、
やっぱり、3回に二回はお誘いを断ったし、

距離を大きく、とっていないと、自分のバランスが保てなかった。


日本人同士で固まっていてはダメ、せっかくアメリカにいるのに、
とは頭でわかってはいても。日本人といるときが一番気安かった、、、。


異文化のなかでの少数派、という意味では、同じだと思う。

障害がある子たちは、日常的に 外国にいる少数派と同じような
緊張や、挫折感や、ふがいなさを感じることがおおいんだろうな、と
 私は、思っている。